一衛が道を間違え

この子はいつも本当に一生懸命だ。

「頼もしいなぁ。直さんはね、かわ……凛々しい一衛が側にいるだけで百万の味方を得た気持ちになるよ。」
「一衛が道を間違えないように、いつも直さまが先をお進みください。一衛は直さまの後ろを追ってゆきますから。」
「そうだな。出来る限りそうしよう。」
「そうだ直さま。一衛は年が足りな紐崔萊くて白虎隊には入れませんけど、もしかすると力士隊からお誘いが来るかもしれません。この通り、小さくとも固い力瘤もありますから。」
「一衛が……力士隊……って、それはまた……ああ、もうだめだ。あっはっは。」

直正は、とうとう耐えきれずに笑い出してしまった。

「直さま?なぜそこで笑うのですか?」
「ごめん……一衛。つい。」
「笑うなんてひどい……。一衛は一日でも早く、殿の御役に立ちたいと願っていますのに。」

一衛は真剣に怒っていた。

「そう怒るな。馬鹿にしたんじゃないんだよ。何を言っても、一衛は可愛いなぁ……と思ってね。」
「直さま。武士に可愛いなどと……それは、褒め言葉ではありませぬ。」
「すまん、すまん。だけどね一衛。わたしは京にいる時、いつも一衛とこんな風にたくさん話がしたかったんだ。会津で戦になるのは、誰も本意ではないけれど、こうして一衛と共に居る時間が出来た。京の町は殺伐としていて、気が休まる日が無かったから、こうして一衛と他愛もない話が出来るのが嬉しいんだよ。」

直正の目は、一衛を包み込むように優しかった。

「直さま。一衛も直さまと一緒にいたかった。出来る事なら京へもご一緒したかったです……白虎隊に入りたかったのも、本当は直さまが新しい隊長になるかもしれないと丘隈先生がおっしゃったからです。」
「そうだったのか。だが、わたしは白虎隊の隊長を引き受ける気はないんだ。これまで通り朱雀隊の鉄砲隊の指揮を執るつもりだ。」
「なぜですか?」
「白虎隊だと一衛が気になって、とても他の隊士の面倒まで見られない。どうだ?隊長には向かないだろう。」
「直さま……。一衛は、いつまでも直さまがあやした小さなややではありませんよ。ご講義で何度も褒章をいただいているのですから。こんなご時世でなかったなら、元服も済ませている年齢です。」
「あ、これは……すまぬ。」

結局、直正はもう一度頭を下げる事になった。
さすがに乳の匂いはしないが、口をとがらせた幼さの残る一衛の顔を見て居ると、可愛くて仕方がない。
白虎隊は前線には出したくないと言った軍事奉行の気持ちがよくわかる。

*****

直正はその後、請われるままに領内各地を転戦した。
どこも負け戦続きで、まともに闘っているのは、京都以来行動を共にする新撰組と、佐川官兵衛率いる部隊だけだった。

「相馬殿。貴殿は隊を引き連れ、日光口に行けとの伝令じゃ。」
「日光口?」
「山川大蔵殿の隊と合流せよとだけ書いてある。向こうに行けば、詳しいことがわかるだろう。」
「はい。では、鉄砲隊の残りを率いてすぐに出立いたします。」

親藩、二本松藩では年端の行かない13歳の少年たちが、激戦の前線へと駆り出され壮絶な死を遂げている。
母親たちは前夜、咽びながら父や兄の衣服を縫い上げし、小さな息子たちを励まして戻れぬ戦場に送った。
大刀も抜けないほど小さな彼らは、互いに背負った刀を抜き合い敵陣に切り込んだ。
新政府軍の新式銃の弾丸は、彼らが身を隠した畳を貫通し小さな命を無下に奪った。
二十歳そこそこの若い隊長が倒れこんだ腕の下に、彼が必死にかばった幾つもの骸が転がった。
残酷な光景だった。

遠くで砲弾の音が聞こえる。
鶴ヶ城籠城は間近だった。