ふと、走る視界がぼ

『それは愛|故《ゆえ》に、愛故に、愛故にっ!! ラーブ・イーズ・フォーエバー!!落妝產品
 結城がいきなり叫んだ。
「愛よ! 愛が大事なの!!」
 そして彼女は聞いた。
「愛は——」
「は?」
『他人に金借りて得るもんじゃないわっ!!』
「愛は自分の金で手に入れなきゃ駄目《だめ》なの改變自己!!」
 不穏当な叫びとともに、いきなり視覚が動いた。
 左向け左。
 そして結城は走り出す、雑踏の中、前を歩く人々を蹴《け》り飛ばして高速前進。
 ふと、走る視界がぼやけ、前行く人々を殴《なぐ》り倒《たお》していく映像が震えた。
 結城は泣いているのだ。
 走り去っていく結城の思考が食海鮮香港、彼女の右脳に聞こえる。
『——さようなら。さようなら、大盛り五百円! 貴方《あなた》は永遠の牛丼——!!』
 わーんと走っていく彼女の視覚が、自分の支配範囲を出た。
 視覚を闇に落とさないよう、彼女は傍《かたわ》らに立っていた瑞穂にシフト。
 瑞穂の視界は、やはり遠ざかっていく結城を見ていた。
『面白い人……』
「ごめんねー、ちょっとドリーム入ってるところがあるから、あの人」
 いえ大丈夫《だいじょうぶ》です、と彼女は答える。
 瑞穂の視界が動いて自分を見る。焦点の定まらない自分の目を。
 瑞穂は軽く会釈《えしゃく》。
「じゃ、ちょっと追うから、……またね」
「ええ、また明日」
 何気ない挨拶《あいさつ》を交わし、視界が左を向いた。
 人の波が見える。
 遠く、人混《ひとご》みが吹っ飛んだりしているのは結城が駆《か》け抜けて行ってるからだ。
『大味な人だなー』
 瑞穂の思考に深く頷《うなず》き、彼女は次のシフト先を選ぶ。
 瑞穂の視界の隅《すみ》に、九段下を降りていく少年の姿があった。
 シフト。

 するといきなり闇が目の前に広がった。
「……え!?」
 思わず声を上げ、たたらを踏《ふ》む。
 自分の身体がどこにあるのか、いきなり視界が闇に埋《う》まったため、解らなくなる。
 左手の方から衝撃。
 あ、と言う間もなく膝をつくように転んだ。
 視界は闇。地面があるという感覚さえも、膝にあたるアスファルトの硬《かた》さだけ。
 ……どうしてですの?
 シフトに失敗した。
 初めてのことだ。
 転んだことよりもその驚きの方が強く、彼女は身をこわばらせる。
 彼女は他人に依存する。
 が、それを拒《こば》まれたのだ。
 ……どうしてですの?
 思った瞬間だ。
 いきなり、両肩を掴《つか》まれ、身体を引き起こされた。
「!?」
 誰かが転んだ自分を立たせてくれている。それは解る。
 誰なのか知りたくて、シフトする。
 できない。
 息をのみながら、肩を掴む手に集中して、シフト。
 やはり拒絶《きょぜつ》。
 視界は真っ黒なまま。音と、触感《しょっかん》だけが全《すべ》ての状態。暗くて、物音だけが響《ひび》き、肌に触れる全てが敏感に感じられる、そういう状態だ。
 おかしい。
 近くにいるのに、触れているのに、シフトできない人がいる。
 今、自分を立たせてくれているのは、先ほどの少年だろう。
 彼は無言。
 彼女は立った。
「あ、あの……」
 言葉が口から出たときだった。
 両肩を押さえていた手が離れた。
「!?」
 風の音を聞いた。
 彼が背を向け、歩き出したのだ。
「あ、あの……!」
 風は遠ざかっていった。
 焦《あせ》る。
 ……依存できない人……。
 という、そのことに。
 ゆえに高速でシフトした、自分の周囲の人々に。
 一番|側《そば》にいたのは、転んだ自分に振り向いていた瑞穂。
 彼女の視覚をスタートポジションとして、自分を360度から見るように、高速で円|軌道《きどう》をもってシフト。
 ぐるりと、わずかな視線高の段差を持ちながら、彼女は自分の全身と背景を360度回り込んで見る。
 回る背景の中、彼らしき人は見えない。
 だが、何故か雑踏の中に立つ自分の姿は、今、揺れていない。
 視界が瑞穂に戻った。
 瑞穂の手が前に出て、彼女に声をかけようとする。
 その手に、一つの黒いものが握《にぎ》られているのを見た。
「これ、さっきの人が貴女《あなた》とぶつかったときに落としたんだけど……」
 彼女の視線がわずかにそれに集中した。黒い、小さな長方形の革ケース。何が入っているのかは解らない。
『財布? 形から言うとナイフとかかな?』
 瑞穂の思考に、彼女は答えない。ただ手を伸ばし、それを受け取った。
「私が、届けてきます」
 彼女は他人に依存する。
 が、それをさせてもらえない人がいる。
 そして彼は落とし物をしていった。まるで、彼女に自分の一部を預けるように。
 ……学校が閉まる前に、届けられるかしら?
 瑞穂から革ケースを受け取り、彼女は身体を背後に向けた。
 瑞穂の視界の中に見える自分の後ろ姿は、意外にも線が強く、編んだ髪も強く揺れた。
 走り出す。
 まずは彼に追いつこうと考えながら。
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